WHO「世界マラリア報告書2023」を公表
世界保健機関(WHO)は「世界マラリア報告書2023」を公表しました。WHOのニュースリリースを日本語翻訳しましたのでご一読ください。
WHO世界マラリア報告書 気候変動の脅威が増大
2023年11月30日 ニュースリリース
ジュネーブ
世界保健機関(WHO)は、最新報告書「世界マラリア報告書2023」で、幼児や妊婦のマラリア予防のために殺虫剤処理された蚊帳や医薬品へのアクセスが拡大したにもかかわらず、より多くの人々がマラリアに罹っていることを発表した。
同報告書によれば、2022年には、世界全体で推定2億4,900万人のマラリア患者が発生し、2019年の流行前の水準である2億3,300万人を1,600万人上回った。COVID-19による混乱に加え、世界のマラリア対策は、薬剤耐性や殺虫剤耐性、人道的危機、資金面の制約、気候変動の影響、特にマラリアの疾病負荷の大きい国々におけるプログラム実施の遅れなど、増大する脅威に直面している。
世界マラリア報告書2023年では、気候変動とマラリアとの関連について取り上げている。気温や湿度、降雨量の変化は、マラリアを媒介するハマダラカの行動や生存に影響を及ぼす。熱波や洪水などの異常気象も、伝搬や疾病負荷に直接的な影響を与える可能性がある。例えば、2022年にパキスタンで発生した大洪水は、同国のマラリア患者数を5倍に増加させた。
「気候変動は、特に脆弱な地域におけるマラリア対策の進展に大きなリスクをもたらします。持続可能で回復力のある強靭なマラリア対策は、地球温暖化のペースを遅らせ、その影響を軽減するための緊急行動と相まって、これまで以上に必要とされています」と、WHO事務局長のテドロス・アダノム・ゲブレイエスス博士は述べた。
気候変動は、マラリアに不可欠な対策へのアクセスの低下や、殺虫剤処理された蚊帳、医薬品、ワクチンの供給途絶などによって、マラリアの動向に間接的な影響を及ぼすと予想されている。また、気候変動に起因する人口移動も、免疫を持たない人々が流行地域に移住することで、マラリアの増加につながる可能性がある。
気候変動がマラリア伝播に及ぼす長期的影響に関するデータは少ない。しかし、どのような影響であれ、その方向性と大きさは、国内でも国間でも、社会・生態系によって異なる可能性が高い。
世界のマラリア負荷と対策の動向
COVID-19のパンデミックは、マラリア対策を混乱させ、マラリアの患者数と死亡者数の急増を招き、2020年時点で停滞傾向にあったマラリア対策をさらに悪化させた。
2022年のマラリア患者数は、世界全体で前年より500万人増加し、特にパキスタン、エチオピア、ナイジェリア、パプアニューギニア、ウガンダの5カ国でその影響は著しいものとなった。最も増加したのはパキスタンで、2021年の50万人に対し、2022年は約260万人が感染した。エチオピア、ナイジェリア、パプアニューギニア、ウガンダでも大幅な増加が見られた。
一方、マラリアの負荷が最も大きいとされる11カ国では、パンデミック初年度に新規感染者数と死亡者数の割合が急増して以降高止まりが続いている。この11カ国は、WHOの「高負荷高インパクト国」アプローチを通じた支援を受けているが、2022年には、11カ国*で1億6,700万人のマラリア患者と42万6,000人の死亡者が発生したと推定されている。現状を見る限り、WHOの世界マラリア戦略で重要とされている2025年のマイルストーンに向けた進捗は、大きく遅れていると言わざるを得ない。
*ブルキナファソ、カメルーン、コンゴ民主共和国、ガーナ、インド、マリ、モザンビーク、ニジェール、ナイジェリア、ウガンダ、タンザニア
「マラリア対策の努力を妨げるさまざまな脅威をしっかり認識することが重要です。気候変動も大きなリスクですが、医療アクセスの制限、紛争や緊急事態の継続、COVID-19がもたらしたサービス提供への長引く影響、不十分なマラリア対策資金、マラリア対策の実施状況のばらつきといった課題とも闘わなければなりません」と、WHOアフリカ地域事務局長のマトシディソ・モエティ博士は述べている。「マラリアのない未来に向けて前進するためには、技術革新、資金調達、協調的戦略を促進し、これらの多様な脅威に立ち向かうための協調的な取り組みが必要です。」
楽観論の根拠
他方、同報告書では、WHOが推奨する初のマラリアワクチンRTS,S/AS01がアフリカ3カ国で段階的に展開されたことも紹介している。このマラリアワクチンが導入された地域では、導入されなかった地域に比べ、重度のマラリアが大幅に減少し、すべての死因を含む幼児期の死亡者数が13%減少したことが示された。疾病と死亡者数の大幅な減少は、これまで実施されてきた蚊帳や殺虫剤の屋内散布、その他の幼児向け保健対策に加え、マラリアワクチンが導入されたことによるものと考えられる。
2023年10月、WHOは2つ目の安全で効果的なマラリアワクチンR21/Matrix-Mを推奨することを発表した。2種類のマラリアワクチンが利用可能になることで、供給量が増加し、アフリカ全土への広範な展開が可能になると期待されている。
また、マラリアの負荷が少ない多くの国々で、マラリア排除(ゼロマラリア)に向けた進展が見られる。マラリア患者の報告数が1000人を下回った国数は、2000年にはわずか13カ国であったのに対し、2022年には34カ国に増加した。。今年だけでも、アゼルバイジャン、ベリーズ、タジキスタンの3カ国がWHOからマラリアのない国として認定された。
今必要とされていること
マラリアとの闘いには、資金を増やし、政治的コミットメントを強化し、データ主導の戦略と革新的な対策ツールを導入することで、実質的に軸足を移す必要がある。技術革新は、より効率的で効果的かつ安価な製品の開発に焦点を当てるべきである。
気候変動の脅威も加わり、気候変動の影響を軽減するための取り組みと連携した、持続可能で回復力のある強靭なマラリア対策が求められている。統合的なアプローチを構築するためには、社会全体の関与が不可欠である。
編集後記
WHOのマラリア対策は、2015年5月の世界保健総会で承認され、2021年に更新された「マラリアのための世界技術戦略2016-2030(GTS)」に基づいている。この戦略では、2015年を基準として、マラリアの患者数と死亡者数を2025年までに少なくとも75%、2030年までに90%削減することなどが目標に掲げられている。
2018年にWHOとマラリア撲滅のためのRBMパートナーシップによって開始された「高負荷高インパクト」(HBHI)アプローチを通じ、マラリアに最も苦しめられている国々は、現地のデータとマラリア対策の状況に基づき調整された対策を用いて、マラリアの最大のリスクにさらされている人々に手を差し伸べている。HBHIアプローチの最初の対象国11カ国には、ブルキナファソ、カメルーン、コンゴ民主共和国、ガーナ、インド、マリ、モザンビーク、ニジェール、ナイジェリア、ウガンダ、タンザニア連合共和国が含まれる。12カ国目のスーダンは2022年にHBHIアプローチを採用した。 続きを読む(英語サイト)
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日本語訳文責 Malaria No More Japan