開催報告⑥:第2回「アフリカにおける感染症とUHCに関するPre-TICADサミット」

セッション4「マラリアの終息とUHCに向けた市民社会の声:目標をどう達成するか」

2030年のマラリア制圧を目指した取り組みが進む一方で、気候変動によるマラリア媒介蚊の生息域拡大や、資金面で大きな役割を果たしてきたアメリカの支援縮小といった課題に直面しています。こうした危機を市民社会はどう乗り越えるのか。アフリカ日本協議会共同代表・国際保健部門ディレクターの稲場雅紀氏の進行のもと、Impact Sante Afrique事務局長のオリビア・ングー氏、NPO法人「DNDi Japan」事務局代表の中谷香氏、厚生労働省大臣官房国際保健福祉交渉官の井上肇氏、マラリア・ノー・モアのグローバルポリシー&アドボカシーディレクター、アヌ・カナル氏が、市民の声を届けます。

マラリアとの闘いに貢献する市民たち

「アフリカでは青年団体や女性団体、宗教団体などの市民組織が、マラリア対策において重要な役割を担っている」。ングー氏は自身の経験を踏まえ、こう話します。保健省と協力して地域の実情に即した介入策を作成するほか、地域の医療従事者の管理・訓練や啓発活動も行っており、「医療システムが行き届かない地域では、国に代わり市民組織が保健サービスを提供している」といいます。

マラリア対策を政治の優先課題に据えるよう、政策提言(アドボカシー)活動も展開。こうした声が届いた結果「カメルーンではマラリア対策予算が1億CFAから170億CFA(約1700万ドル)に増額され、同国は世界で初めて新型マラリアワクチン(RTS,S、ブランド名Mosquirix)の子どもへの定期接種を2024年1月から始め、24万人以上の子どもが接種を受けた」。このほか、医療サービスの質やアクセス状況を評価して保健省へ改善の提言もしているといいます。

「マラリアは予防法も治療法も確立している。軽症なら3日で治る病気にもかかわらず、いまだに毎年約60万人がこの病気で命を落としている現実は、決して受け入れることはできない」。ングー氏は自身の活動の原動力となる思いをこう語りました。

アフリカからの熱い声を受け、日本の市民社会も応えます。DNDiの中谷氏は「新しい医薬品の研究開発も、UHCの達成に大きく貢献している」と強調。同団体は市場原理では開発が進まない「顧みられない熱帯病(NTDs)」の治療薬を官民連携で開発し、入手可能な価格で提供しています。

「これまでにマラリアに対する2つの治療薬を含む9つの新規治療薬を開発し、直近ではケニアでアフリカ睡眠病の制圧に貢献し、スーダンではマイセトーマ症の新薬開発に向けた臨床試験を実施。研究開発能力の強化にも取り組み、人材育成や政策提言を通じて医薬品の公平なアクセスの実現を目指している」(中谷氏)

同氏は、アフリカとの連携を深めるために重要な三つのポイントを挙げます。一つめは、支援者と受け手の関係ではなく、UHC実現に向けた対等なパートナーとしての意識改革。二つめは、日本の技術力・資金力とアフリカの知見を生かし、国際的な臨床試験などで協力を強化すること。三つめは、日本で開発された化合物の応用や企業の技術移転の促進。「資金面で苦しい状況の今こそ、新たな取り組みを進める好機」と前向きな姿勢を示しました。

持続可能な資金調達に向けた取り組み

MDGs(ミレニアム開発目標)時代からの25年間、各国は保健分野での協力関係を築いてきました。しかし現在は、マラリア対策の主な資金提供者である米国が支援の縮小を表明しており「マラリア撲滅を目指すエコシステムが崩壊するか否かの瀬戸際にいる」と稲場氏は危機感を示します。

これを受けて井上氏は、まず現在の状況について「マラリアによる年間死者数は2015年からの10年間で進展がなく、依然として毎年約60万人が亡くなっている」と説明。「エイズの年間死者数は2015年から約半減し、結核も4分の1に減少した一方で、3大感染症の中でただ一つマラリアの状況が改善していない。マラリアによる死亡者の9割がサブサハラに集中し、そのうち4分の3が5歳以下の子どもだ。最も脆弱(ぜいじゃく)な地域の最も脆弱な人々が影響を受けている」と指摘しました。

マラリア対策資金の大半を拠出してきた米国が全面撤退を表明し、支援資金の減少が避けられない一方で、「アフリカの国々はいかにして自国財源を活用するかを考えている」と井上氏。「この点、日本はその取り組みをサポートする役割を担える」と指摘し、日本政府が世界銀行やWHOと連携し、2025年に日本に設立するUHCナレッジハブを例に挙げます。

UHCナレッジハブの目的は、途上国の保健や財務に関わる人材の育成です。井上氏は「UHCを実現する上で必要なのは、国内での資金調達や適切な配分といった高度な行政技術。日本はUHCナレッジハブを通じて、アフリカ各国に資金を提供するのではなく、知見や技術を共有できる」と期待を示しました。

これを受けて稲場氏、2022年に発足した「Future of Global Health Initiatives(FGHI)」が、1年間にわたり途上国の保健課題に対する多国間資金援助のあり方を検討した成果「ルサカ・アジェンダ」 について言及。「ここで示された2030年ビジョン(各国主導の持続可能な資金調達)が、移行期間なしで実現が求められている状況だ。現在のエコシステムを変革する上で、TICADやUHCナレッジハブが重要な役割を果たす」と応えました。

SDGsを諦めない、ゼロマラリアを諦めない

井上氏の指摘のように、2015年以降のマラリア制圧に向けた成果は思わしくありません。マラリア対策を進める世界的な市民社会組織「マラリア・ノーモア」は、この厳しい状況をどう乗り越え、2030年までにゼロマラリアを達成するのでしょうか。

「確かに私たちの前には大きな課題が立ちはだかっている。それでも、目標達成を諦めるという選択肢はない」。同団体で資金調達に関するアドボカシーを担うカナル氏はこう力を込めます。「ここ数年でマラリアを根絶できる可能性のある技術やツールを手に入れたが、最大の課題は資金の確保」だと指摘。「コロナ禍では世界が団結し、不可能を可能にした。マラリア対策でも国際協力が不可欠」と主張します。

日本政府への要請としては、グローバルファンドとGaviワクチンアライアンスへの資金拠出を挙げ、「財政的な支援だけでなく、技術移転やイノベーション支援の役割も果たせる」と期待を寄せます。TICADについてはアフリカ各国のリーダーが積極的に参加して感染症対策を議論すべきだといい、「マラリアを撲滅しなければ、アフリカの経済発展は遠い目標のままだ」と訴えました。

「私たちはマラリア対策を気候変動対策として認識し、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などと協力して資金を確保すべきだと考えている。日本は『気候と健康』を統合した分野でも主導的な役割を果たしてほしい」(カナル氏)

「最も脆弱(ぜいじゃく)な人たちに生じる病気であるマラリアをなくすことは、SDGsのスローガン「誰一人取り残さない」の実現につながる。SDGsとゼロマラリアを諦めないことを、ここに誓いたい」。稲場氏は力強く宣言し、セッションを結びました。