開催報告⑤:第2回「アフリカにおける感染症とUHCに関するPre-TICADサミット」
セッション3「民間企業による投資とイノベーション: 感染症対策における新たな道筋」
デジタルヘルス分野のイノベーションには資金確保が不可欠です。民間主導の感染症対策と民間投資の影響について議論するセッション3。グローバルヘルス戦略推進会議メンバーでもある渋澤健氏がモデレーターを務め、民間の新たな取り組みを共有し、政府の支援の可能性を探りました。登壇者は自由民主党国際協力調査会TICADプロジェクトチーム(PT)座長の鈴木貴子衆議院議員、株式会社SOIK代表取締役の古田国之氏、グローバルヘルス技術振興基金(GFIT)CEO・専務理事の國井修氏、SORA Technology株式会社アフリカ事業統括のメアリー・イェボア・アサンテワア氏です。
事業拡大に欠かせない「相互運用性」
議論の冒頭で鈴木衆院議員は、米国国際開発庁(USAID)が対外援助を見直した影響で国際保健分野に混乱が生じている状況に触れ、「アフリカをはじめ現地で活動するNGOの立場が危うくなり、わずか数カ月で多くの人材が流出した」と指摘。危機的状況にもかかわらず、日本政府が強いメッセージを発信していないことに懸念を示しました。
渋澤氏は、民間資金を呼び込むことを目的に今国会に提出されたJICA法改正案を踏まえ、「(政府のODA事業を担う)JICAが『ODAを単なる対外援助の手段ではなく、民間投資を促す触媒として活用する』といったメッセージを出すことを期待している」と述べます。
続いて民間セクターを代表し、コンゴ民主共和国(DRC)に拠点を置くスタートアップ「SOIK」 の古田氏が、同社の事業を紹介しました。妊婦の死亡リスクが日本の100倍にのぼるDRCで「母子死亡率の削減」を目指し、デジタル医療機器とスマホアプリを組み合わせた産科健診パッケージ「SPAQ」を開発。医療サービスが不十分な地域に質の高い医療を届けるほか、現地での研修実施や国際機関・政府へのデータ提供も行っています。
同氏はまた、AIを活用したエコースクリーニングや、感染症のコミュニティ・サーベイランスのデジタル化を進める方針を示します。「DRC保健省と2021年に連携協定を締結し、全国展開に向けた段階に入った」とし、「現在は全26州のうち6州で導入しているが、次のフェーズに進む上でも資金の確保は重要」と話します。
古田氏の話を受け、GHITの國井氏は「パイロット事業が全国規模に拡大する例はごくわずか。重要なのは、いかにして主要プラットフォームに採用されるか」だといい、ポイントとして「完璧を求めず市場投入後にアップデートを重ねることと、競合と比較して優位に立つこと」を指摘。優位性を確立するには「ユーザーフレンドリーな設計、価格競争力、実際の有効性を満たすことも大切」といいます。
SOIKの事業については「将来あるべき姿を実践している」と評価した上で、「ユニセフなどの国際機関と連携してインターオペラビリティ(相互運用性)を高め、さらなる事業拡大につなげるべき」と助言しました。
SOIKに続き、アフリカで活躍するスタートアップとして紹介されたのはSORA Technologyです。「ドローンとAIを組み合わせ、マラリア媒介蚊の駆除に取り組んでいる。マラリアの原因となる蚊の幼虫(ボウフラ)が生息する水たまりを検出し、殺虫剤を集中的に投下することで使用量も最小限に抑制。最近の運用実験では、当社の技術の有効性が75~85%に達し、コスト削減効果は25~35%にのぼることが示された」。同社アフリカ事業統括のアサンテワア氏はこう説明します。
同社はまた、過去の気象データなどを活用し、マラリアやコレラの発生を予測するシステムも開発しています。「このようなイノベーションを加速するには、官民の連携と多くの投資家との協力が欠かせない」と強調しました。
見えない価値を可視化し、企業価値を高める
これまでの話を受けて渋澤氏は、自身が関わる2つの取り組みについて紹介しました。
一つは、経済同友会のアフリカ委員会で検討し、アフリカを対象とした日本企業からのインパクト投資促進に向けて2023年1月に設立した、渋澤氏が代表取締役を務めるファンド運営会社「and Capital」。もう一つが、広島G7サミットで承認され同氏が共同議長を務める「グローバルヘルスのためのインパクト投資イニシアティブ(Triple I for Global Health)」。援助ではなく利益を確保しながら社会課題を解決する新たなネットワークであり、当初37社だったパートナー企業は103社に拡大したといいます。
「グローバルヘルスの領域でも、利益を追求しながら社会課題を解決できるビジネスを見つけることが重要。企業がインパクト投資を行う際は、短期的な利益ではなく、将来的に企業価値をどのように高めていくのかを株主に丁寧に説明することも求められる」(渋澤氏)
渋澤氏の発言を受けて鈴木衆院議員は「日本企業は高度な技術を持つが、投資とのマッチングがうまくいっていない」と指摘し、参照すべき事例として「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」を紹介。創薬に特化した事業化支援を行うベンチャーキャピタル(VC)を認定し、認定VCの出資額の最大2倍を補助金として国が支援する制度で、「このモデルをグローバルヘルス分野にも応用できないか」と提案しました。
「住友化学はマラリア予防用に殺虫剤を練り込んた防虫蚊帳製造技術をタンザニアの民間企業に無償供与し、そのあと現地に合弁会社を設立して最大約7千人の現地雇用を生んだ。こうした好事例を増やすためにも、政府の後押しと明確なメッセージが必要」。鈴木衆院議員はこう力を込めます。
渋澤氏は「住友化学と同じくエーザイも、顧みられない熱帯病(NTDs)の一つであるリンパ系フィラリア症の治療薬『ジエチルカルバマジン錠』をWHOを通じて無償提供している」と言及。また同社が2020年頃に導入したインパクト加重会計についても触れ、「約50社の日本企業が実験的に取り組んでいる。非財務的な価値を可視化することが将来の企業価値につながり、投資家への説明材料にもなる」と加えました。
日本にもオープンイノベーションが必要
今までの議論の中で官民連携の重要性が強調される中、民間の中でもベンチャー企業と大企業間ではどんな協力ができるのでしょうか。
「すでにいくつかの企業と連携しているが、うまくいかないこともある」と古田氏。「医療機器はアフリカには売れない、コンプライアンスが厳しいなどの理由で、担当者が乗り気にならない場合もある」と明かします。
國井氏は米国のシリコンバレーを引き合いに、「日本ではオープンイノベーションが活性化しにくい。中国はアフリカ各国に拠点を作り、100社規模で協力しながらビジネスを展開している一方、日本は会社を超えて連携する仕組みも少ない」と指摘します。
そして國井氏は「アフリカは成長大陸。援助対象だけでなくウィン・ウィンのビジネスを展開する場として捉える意味でも、今年のTICADはとても重要だ」と強調。8月に向けて日本国際交流センター(JCIE)を中心にワーキンググループを立ち上げたといい、「技術を持つスタートアップには特に参加してほしい。多くの民間企業が現地のニーズに合った形でテクノロジーを応用できれば面白くなる」と期待を寄せました。