開催報告④:第2回「アフリカにおける感染症とUHCに関するPre-TICADサミット」

セッション2「アフリカにおける健康危機をどう伝えるか:グローバル課題の共有、共感、共創のために」

セッション2のテーマは「伝える」。気候変動や紛争がもたらすアフリカの健康課題が、日本でどのように「共有」され、「共感」を呼び、課題解決に向けた新たな価値の「共創」へとつなげていくのか。朝日新聞社withPlanetの木村文副編集長がモデレーターを務め、ジャーナリストで立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一氏、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン アドボカシー部長の堀江由美子氏、アフリカのマラリア対策と保健システム強化に取り組む市民社会組織「Impact Sante Afrique」事務局長のオリビア・ングー氏が登壇し、活発な議論が交わされました。

「貧困と成長」アフリカの実像を伝える

木村副編集長はまず、アフリカ大陸の外にいる人々と課題を「共有」することの難しさについて3人に尋ねました。

立命館大学でアフリカに関する講義を7年間担当してきた白戸氏は、「日本の学生にアフリカの実像を正確に伝えるのは非常に難しい」と指摘します。「2000年代以降、アフリカは急速に経済発展を遂げた一方で、1日1ドル以下で暮らす人々もいる。こうした現実を伝えると、学生からは『アフリカは貧しいのか、それとも成長しているのか』といった質問がくる」

白戸氏の話を受けて、ングー氏は「アフリカのポジティブな面をSNSで発信する若い世代がいる一方、いまだに多くの人々が貧困の中で生活し、仕事の機会すらない現実がある」と指摘。「SNS上のイメージを守りたい人たちと衝突することもあるが、私たちはアフリカの厳しい現実と成長の可能性、その両方を伝えなければいけない」と力を込めます。

世界各国で子どもたちを支援する国際NGOでアドボカシーを担う堀江氏。同氏によると、5歳未満で亡くなる子どもは世界で毎年約500万人、特にサブサハラアフリカや中東で死亡率が高く、予防接種を一度も受けたことがない『ゼロドース・チルドレン』の割合もアフリカは約19%と、世界平均の約2倍です。ワクチンで防げる病気によって年間150万人の子どもが命を落としています。

堀江氏はより多くの市民に世界の現状を伝えることで、「保健分野の課題解決へ向けたさらなる支援や提言を日本政府から引き出すことを期待」する一方、伝える難しさとして、世界の課題を自分ごととして捉えにくい点を指摘。日本との比較などを交えて発信する工夫はしているものの、「単なる数字として流されてしまう」と話します。

実際のストーリーで共感を呼ぶ

アフリカの現状を正確に伝え、共感を得るにはどうしたらいいか。堀江氏は「グッドプラクティス(好事例)の発信」を挙げ、ケニアの遊牧民の子どもが初めて予防接種を受けたストーリーを紹介しました。withPlanetにも掲載しており、「歴史的・社会的背景も含めて厳しい環境にある母子の姿を物語として伝え、援助による確かな改善を示したい」と語ります。

また、現地の課題を肌で感じることの重要性も指摘し、日本の国会議員をエチオピアに招いた視察を例に挙げました。現地の医療現場の逼迫した状況を目の当たりにした議員は、帰国後に若手議員向けの勉強会を開くなど具体的な行動につながったといいます。その時の気づきとして、「ある議員は『企業のアフリカ進出に直結しなくても、日本が支援し感謝されること自体が国益だ』と話していた。短期的な見返りにとらわれず、中長期的な視点での発信が必要だと改めて感じた」と述べました。

白戸氏が強調するのは、援助をする側(ドナー国家)が直面する問題です。東西冷戦終結後の1990年代初頭以降、米国を中心としたグローバリゼーションが世界を席巻して30年。世界中で格差が拡大し、「日本を含む西側諸国の中間層が事実上崩壊した」。日本政府がアフリカ諸国を含む国外向けの援助を表明すると、SNS上では「そんな金があるなら国民の暮らしを良くしろ」といった世論が広がり、支持される時代になったと懸念します。

こうした現象は日本に限りません。米国でも「アメリカ第一主義」を掲げた大統領が誕生し、欧州でも右派勢力が台頭しており、白戸氏は「自国中心主義の風潮にどう立ち向かうかが、より大きな課題となっている」と危惧します。

ングー氏は「パンデミックを経験し、一国の健康危機が他国にも影響を及ぼす現実を目の当たりにしたにもかかわらず、その教訓が忘れられつつあることに驚いている。私たちは同じ世界に生きており、一国の健康危機はすべての人が関心を持つべき問題だというメッセージを、多くの人に届けたい」と答えました。

自分ごとと捉えれば行動が変わる

さまざまな課題を乗り越え、異なるセクターが手を携えて解決に向かうには。最後は「共創」をテーマに意見を交わしました。

堀江氏は「アクションや投資によって状況が改善することを、エビデンスをもって示すことが重要」と指摘。セーブ・ザ・チルドレンがエチオピアで実施したグローバル・ファイナンシング・ファシリティ(GFF)に関する調査報告書(2023年)では、国際開発協会(IDA)とのパートナーシップを通じ、GFFが1ドルを拠出するごとに保健サービスに10ドルの追加資金が導入されるレバレッジ効果が確認され、財務省からは「資金提供先を精査する上で、具体的なデータは非常に有効」とのコメントを得たといいます。

同団体はまた、シチズンシップ(市民)教育や開発教育も重視し、2024年10月には子ども向けサイト「あすのコンパス」を公開。子どもたちに権利の主体として行動するきっかけを提供するため、子どもの権利や社会課題をやさしく解説した記事を掲載しています。

白戸氏も若者への開発教育の重要性を訴えます。ただ同氏のゼミでは、アフリカ大陸の弱い立場の人々に共感するため、まず国内の貧困問題について考えさせるのです。フィールドワークで訪れる大阪市西成区の歓楽街「飛田新地」では、同世代の女性が売春をしている現実を前に、「もし自分の親が病気で働けなくなったら、自分も同じ道を選ばなかったと言い切れるのか」と自問する。こうした問いと2年間向き合った学生は、世界の課題が足元に存在することを理解し、アフリカを含む世界の現実に目を向けることができるといいます。

ングー氏もアフリカを舞台に、白戸氏と堀江氏と同様の取り組みを行っています。裕福な地域で暮らす議員らとともに、地球規模の課題の影響を最も受ける地域の医療機関などを訪れる活動です。「報告書を読むよりも、現場を経験することで意識が変わり、行動のきっかけになる。3大感染症を議会で話し合う際の理解も深まる。多くの参加者は1年以内の再訪問を希望するなど、意欲的に取り組んでいる」と話しました。

最後に堀江氏は、国際協力に関する市民の意識調査の結果を紹介しながら、「若者の多くが国際協力や国際的な協調が重要であり、日本がその役割を担うべきだと考えている。SNSで飛び交う否定的な意見に屈せず、今こそ人間の安全保障についてわかりやすく発信することが重要」と力強く語りました。