開催報告③:第2回「アフリカにおける感染症とUHCに関するPre-TICADサミット」

セッション1「技術革新とビッグデータによる健康課題の解決:企業の課題」

人口の半分が30歳以下のアフリカは、デジタル技術の活用に大きな可能性を秘めています。社会課題の解決にテクノロジーの力でできることとは。元デジタル大臣の牧島かれん衆議院議員、ALMA事務局長で元ボツワナ保健大臣のジョイ・プマフィ氏、国連開発計画(UNDP)政策プログラム支援局のレスリー・オング氏、ナイジェリアのヘルステック企業「Emergency Response Africa」コンサルタントのアデウンミ・オルワシェウン・アデバヨ氏、東京大学の橋爪真弘教授(国際保健政策学)、国際協力機構(JICA)人間開発部の伊藤賢一氏が、産官学民の多様な視点からデータ活用の可能性について議論しました。モデレーターはUNDP駐日代表のハジアリッチ秀子氏です。

気候変動対策の鍵は「データの横断的活用」

東京大学の橋爪教授はセッションの冒頭、気候変動が人々の健康に与える影響をデータ解析で定量化する自身の研究をもとに、世界の現状について説明しました。昨年の世界の平均気温は観測史上最高を更新し、産業革命前からの上昇幅が1.5度を超過。パリ協定の目標を単年度として初めて超え、マラリアを媒介する蚊の生息域は過去60年で10%拡大したといいます。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、今後気温が3〜5度上昇すれば、2030年から2050年にかけて年間25万人の超過死亡が予測され、そのうちマラリアによる超過死亡は6万人とされています。橋爪教授は「今世紀末にはデング熱を媒介するネッタイシマカの生息域が200年前より30%拡大するとされ、特にサハラ砂漠以南のサブサハラアフリカ、東南アジア、南米で感染症のリスクが高まる」と指摘しました。

橋爪教授の話を受け、「気候変動による健康危機に対処するには、政策として取り上げることが重要」とハジアリッチ氏。元ボツワナ保健大臣のプマフィ氏に、政府はどのようにデータを活用できるかを尋ねます。

プマフィ氏は、アフリカ各国が自主的に決めた温室効果ガス削減目標(NDC)に気候変動への適応対策が十分に組み込まれていないことが課題だといい、その一因として「保健セクターと環境省や農業省の連携不足」を指摘。解決策として、既存のデータ収集システムに気候変動に関連する指標を統合することを挙げ、「システムを相互運用できれば、気候変動の影響に対する事前の警告やモニタリングが可能になる」との考えを示しました。

テクノロジーでアフリカのUHC達成を加速

続いて牧島衆院議員が、デジタルテクノロジーの分野で日本がアフリカに貢献できる可能性について言及します。「アフリカの子どもの約19%が、予防接種を一度も受けたことのない『ゼロドースチルドレン』だ」と前置きした上で、日本もJICAを中心に途上国での母子手帳の導入を支援していると説明。「難民向けの母子手帳アプリの開発も積極的に進めてきた」と強調します。

電子データ管理の分野でも日本の民間企業が生体認証技術の知見を生かしており、「バングラデシュで行われた指紋認証技術の実証実験では、5歳以下の幼児でも指紋で管理できると確認された」といいます。「日本はワクチンの低温輸送や物流の分野にも強みがある。ラストワンマイルまでフォローできる体制を整えている」と力説しました。

伊藤氏はデジタルを活用した新たな支援の可能性として、JICAが関わった2つの事例を紹介しました。

一つは、地球規模課題国際科学技術協力(SATREPS)の枠組みとして南アフリカで実施した「感染症流行の早期警戒システムの構築プロジェクト」です。気候気象観測データと医療機関から集めた患者データを組み合わせ、数カ月先の感染症の流行を予測するモデルを構築しました。「5年の期間中に感染症の流行を的中させ、事業終了後も継続利用されている」といいます。

もう一つは、財政支援としての開発政策借款です。エジプトでは診療報酬請求システムのデジタル化を進めて電子データの受信機能や請求内容の自動判定機能を追加し、セネガルではユーザー向けの操作研修の実施も含めて支援しているといい、「ソフト面でも日本の専門家が主体的に指導することで、より高い効果が得られる」と説明。「革新的なテクノロジーを有効に活用するには、現場での検証が不可欠。現地の民間企業との連携も進め、持続可能な体制を構築したい」と述べました。

アフリカ企業による新たな取り組みも生まれています。「アフリカで緊急医療を受けられるのは、100人中わずか9人。ナイジェリアでは救急車の到着に時間がかかり、毎年約7万人の妊産婦が命を落としている」。こう話したのは、アフリカの緊急医療体制の変革を目指すスタートアップ「Emergency Response Africa (ERA)」のアデバヨ氏です。

ERAが提供するのは、IoT(モノのインターネット)を活用した緊急医療システムです。電話やアプリで通報を受け、救急隊員を派遣し、必要に応じて提携した病院に搬送します。2022年から現在までにナイジェリアの6都市で約5400件の事案に対応し、「今後は政府と連携し、他国への展開も視野に入れている」と説明。「アフリカ地域や中東の救急市場は、2026年までに46億7000万ドル規模となる。ERAの導入により、低中所得国では予防可能な死亡の54%を防ぎ、最大1.3兆ドルのコスト削減が期待できる」と利点を語りました。

最後に、UNDPが行うデータ解析を活用した支援の方針を説明したのは、バンコクからオンライン参加したオング氏です。「気候変動の影響は国境を越える。部門を超えたデータ共有の仕組みを確立することが重要」と述べ、WHOと協力してワクチン接種記録を即時に確認できる技術を構築していると説明。このほかデジタルリテラシーの向上や、デジタル格差の解消に向けた支援、途上国間での技術移転も進めているといい、「インドネシアからマラウイへ医療システムの移転を実現し、限られた投資でも大きな成果が期待できることを示した」と言及しました。

産官学民が連携し、デジタルヘルス分野で革新を

議論の終わりに、参加者から一言ずつコメントをいただきました。

「デジタルツールはアフリカ内で活用されてはいるが、多くは小規模での実施にとどまっている。最も重要なのはスケールアップ(規模拡大)」とプマフィ氏。「そのためには政府や企業などとの連携が欠かせない」と主張しました。

アデバヨ氏は「ITインフラが整っていない地域では、テクノロジーが必ずしも機能しないこともある。アフリカと日本が協力する上で大事なのは、現地の国の特性を理解し、尊重すること」と述べました。

「コロナ禍の教訓をどう生かすか、もっと議論すべき」と話す牧島衆院議員は、「集まった情報をより効果的に政策へ反映させる訓練が必要。学術界も、グローバルな影響をもたらす政策的効果を意識することが大切」と意見を述べます。これを受けて橋爪教授は「ユーザーに分かりやすい形で社会に還元するため、官のサポートを受けて企業と連携する必要がある」と応えました。

伊藤氏は「革新的なテクノロジーとデータ解析が課題解決に資するところは大きい。アフリカへの投資は、日本にも恩恵がある」と強調。オング氏は「TICADとの連携を強化し、デジタルヘルス分野での革新を進めていく」と総括しました。