気候変動と健康:武田薬品グローバルワクチン事業部プレジデント、デレク・ウォレス氏インタビュー
気候変動がもたらす健康への影響と、それに科学でどう立ち向かうか──。
この問いに対し、武田薬品工業株式会社グローバルワクチン事業部 プレジデントのデレク・ウォレス氏が語ったのは、予防医療の重要性と民間企業の責任についてでした。
今回のインタビューは、Malaria No Moreが主導する気候×健康の国際プログラム「Forecasting Healthy Futures(FHF)」によって行われたものです。
Forecasting Healthy Futuresは、気候変動の影響から人々の健康を守ることを目的に設立された国際的な枠組みであり、政策立案者、保健機関、学術界、民間企業が連携して、気候変動に強い保健医療システムの構築を支援しています。
*本記事はForecasting Healty Futures (FHF)の記事「Climate Change & Health: A Discussion with Derek Wallace, President of Takeda’s Global Vaccine Business Unit」をMalaria No More Japanが日本語訳したものです。
気候変動は人の健康にどのような影響を及ぼすのか?
ウォレス氏: 気候変動は食料・水の供給を脅かし、栄養不良リスクを高める可能性があります。また、地球温暖化により、感染症を媒介する蚊などの「ベクター(媒介生物)」が年間を通じて活動するようになり、世界中でベクター媒介感染症の拡大が進んでいます。
たとえば、黄熱病に感染した人が非流行地域を訪れ、その地域に生息する蚊にウイルスが伝播すると、新たな感染拡大が起こる可能性があります。同様に、デング熱の局地的な発生が、フロリダ南部など非流行地域でも報告されています。これは、旅行者などがウイルスを持ち込んだ結果と考えられます。
気候が暖かく湿潤になる地域が広がれば、より多くの地域で感染症が定着するリスクが高まるのです。
気候変動による健康リスクをどう軽減すべきか?
まずは、どの地域が気候変動による影響を最も受けやすいかを予測・分析する必要があります。ただし、すべての地域に同じ対策を適用できるわけではありません。たとえば、乾燥が進む地域では蚊の活動は減る可能性がある一方で、暖かく湿った気候になれば蚊はより活発になります。
そのためには、高度な気象モデルを使って健康リスクの変化を先読みすることが求められます。
次に必要なのは「レジリエンス(回復力)」の構築です。従来の蚊の駆除だけでは不十分であり、感染予防に関する教育や、医療システムの診断・対応能力の強化が欠かせません。
そして何より、ワクチンのような科学的な予防策の開発と普及が極めて重要です。これにより、個人だけでなく、社会全体を守る備えが可能になります。
ワクチン開発から得た教訓とは?
ワクチンを活用するうえで重要なのは、①公衆衛生戦略の中での役割の明確化と公平なアクセスの確保、②生産・供給体制の拡充です。
武田薬品では、特にデング熱ワクチンの製造・供給体制の構築に注力しています。ドイツの製造拠点に加え、インドのBiological E. Limitedとの連携により、2030年までに年間1億回分の製造目標を掲げています。さらに、技術移転を通じた現地生産体制の構築にも取り組んでいます。
当社のデングワクチンは、現在25か国以上で承認済みであり、今後の展開に向けた臨床試験も進行中です。1980年代から続く長期的な研究開発の成果であり、企業としての長期的な責任と覚悟の証とも言えます。
今後、どうすれば気候変動による健康課題に対応できるのか?
ウォレス氏: WHOなどの公衆衛生機関が、気候変動による健康影響に注目し、各国の備えや政策形成を支援し続けることが重要です。同時に、民間企業の知見や技術力も解決の一翼を担うべきです。
また、ワクチンの価格設定や供給量の確保、優先接種対象の明確化など、公平性と予測性を持った公的意思決定も必要です。異常気象や大流行に備えて、事前に計画し、生産能力を整えることが不可欠です。
私は、未来に対して希望を持っています。なぜなら、私たちにはすでに科学的知識と経験があり、気候由来の健康リスクに立ち向かう土台があるからです。人々の健康と地球環境は切っても切り離せない関係にある──この認識が、すべての行動の出発点になると信じています。