気候変動とマラリア対策、日米の役割を討論 ー世界マラリアデー2021記念イベント報告㊦ー

世界マラリアデー2021(4月25日)を記念し、ZEROマラリア2030キャンペーン(運営事務局:Malaria No More Japan)は16日夜、気候変動が及ぼすマラリアへの影響とその対策を議論するイベント(オンライン)を開きました。

気候変動が顕著になり、マラリア流行の増加と地域拡大が懸念されています。国・地域間の人の移動も活発になり、地球規模の流行の可能性も指摘されるようになりました。日本もひとごとではありません。国際的なマラリア対策をリードしてきた日本と米国は今後どんな姿勢で臨むべきなのか、両国の行政関係者や研究者、政治家が活発に討論しました。

イベント報告の㊦では、マラリア対策の専門家や保健医療政策に詳しい国会議員による、国際保健の枠組みの変遷とその成果と課題、今後とるべき対策の提言を中心にお伝えします。

※登壇者の詳細な経歴はこちらをご覧ください。

 

■マラリアをめぐる国際保健の枠組みと日本のかかわり

国際保健政策に取り組んできた武見敬三参議院議員は、マラリアをめぐる国際保健政策の変遷を振り返るとともに、課題解決のための方策を提言しました。

冷戦終結などを背景に1994年、国連の報告書が打ち出した「人間の安全保障」の概念が広まりました。医療保健政策はその中核に位置づけられ、途上国で深刻な社会問題を引き起こしてきた感染症も、持続可能な開発の前提条件として認識されるようになりました。

1998年にはWHOや国連児童基金(UNICEF)などが立ち上げたマラリア撲滅のための世界的な枠組み「ロールバック・マラリア・パートナーシップ」が発足、官民500以上の機関が参加するまでになっています。

エイズの流行を背景に、感染症対策は外交課題としても位置づけられるようになります。日本が開催国だったG8九州・沖縄サミット(2000年)で「沖縄感染症イニシアチブ」が発表され、そこから2002年、主要国の資金による「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」(グローバルファンド)の設立につながりました。

グローバルファンド日本委員会によると、100以上の低・中所得国で三大感染症の予防、治療、感染者支援、保健システムの強化策に年約40億ドルの資金を提供しており、世界最大のマラリア対策資金を提供しています。設立から2019年までに、グローバルファンドの支援で救われた命は3800万人と推定されています。

そしていま、マラリア根絶に向け、90を超える研究チームがマラリアワクチンの開発にしのぎを削っています。日本発の国際官民ファンド「GHIT Fund」もワクチン開発の資金を提供しています。ただ、マラリア原虫の突然変異や遺伝子の多様さなどが壁となり、有効なワクチンはまだできていません。

こうした流れを踏まえ、武見参院議員は「サミット開催などの節目で日本はグローバルヘルスに貢献してきた。また、アジアの感染症の高蔓延国の政策人材の育成やグローバルファンドを通じた資金提供でも成果を上げている」と評価。「マラリアワクチンの開発にも一貫した支援が必要だ」などと述べました。

そのうえで「疾患別アプローチと保健システム構築のアプローチの境が低くなり、両アプローチが共存できる枠組みの構築が健康維持につながるという認識ができつつある。低所得国でも自国の保健省と財務省が緊密に協力し自国内の財源でマラリア対策にあたるよう求められるようになるだろう」と展望を語りました。

 

■PMIとその取り組み

「9歳までに3回マラリアにかかった。生き延びられて幸運だった。でも私のようなケースは現実的ではない。今も2分に1人、子供がマラリアで亡くなっている」

そう振り返ったのは米国の「大統領マラリア・イニシアチブ」(PMI)コーディネーターのラジ・パンジャビ(Raj Panjabi)氏です。母国リベリアの内戦で難民となり、9歳で米国に移住しました。その後医師として母国に戻った際、子供がマラリアから回復し安心する家族の姿を目の当たりにしたといいます。「そうなったのもPMIやグローバルファンドなどの支援のおかげ。だからPMIのコーディネーターになるよう請われた際も断れなかった」と明かしました。

PMIは2005年、ブッシュ政権下で設立され、サハラ以南のアフリカや東南アジアのメコン地域を中心に、グローバルファンドなどの機関と協力しながら医薬品や物資を届けてきました。また、看護師や助産師、薬剤師、疫学者など数十万人の保健従事者も育ててきました。一連の支援により、PMIの活動地域ではマラリアによる死亡率が60%減ったとされています。

パンジャビ氏はマラリア対策の「希望」として、中米エルサルバドルの例を紹介しました。同国では2017年からマラリアの症例報告がゼロとなり、2021年2月にはマラリア撲滅(ゼロマラリア)の達成をWHOに認められました。ゼロマラリアはいま38カ国・地域となり、パンジャビ氏は「PMIのパートナー、タイとカンボジアも撲滅に邁進している」と期待を寄せました。

逆にマラリアを再燃させた事例も紹介されました。インドでは資金援助の停止により、1960年代に10万人以下だった患者数が1970年代には600万人以上に急増。また人道危機が起きたベネズエラではマラリア患者が4倍に増えました。中国とラオスの間で建設中の鉄道も、メコン地域でのマラリアを拡大させる懸念が出ています。薬剤や殺虫剤の耐性問題や、エボラ出血熱などほかの感染症の流行も、マラリアを再び拡大させる要因になっています。

さらに新型コロナウイルスと気候変動が、マラリア撲滅を阻む二大脅威だとパンジャビ氏はいいます。「WHOによると、2030~2050年で気候変動による栄養不良、マラリア、下痢、熱ストレスなどが原因で、世界の死者は年25万人増えると予測している。また、保健分野の新たなコストが年20〜40億ドルに上ると推定される。マラリア対策の効果を最大限引き出すには気候変動の影響を緩和し、適応することが重要だ」と述べました。

 

■ウィズコロナ時代の連帯とはー討論会からー

イベントの終盤、「日米における気候変動と感染症対策~ウィズコロナ時代の連帯とは~」と題した討論会も開催されました。

武見参院議員は「コロナでインセキュリティ(社会の不安定な状態)の問題が出てきた。人間の安全保障という学際的な概念をこの時代状況で検討しなおし、課題解決の人類社会共通の枠組みを作る時代が来たと思っている」と語りました。さらに「新しいグローバルガバナンスの構築が必要という共通認識が生まれた」と語り、その実例として、COVAXファシリティを紹介しました。

COVAXファシリティはコロナの世界的流行を機に生まれた国際的な枠組みで、ワクチンを複数国で共同購入し、公平に分配するために設立されました。2021年1月時点で190カ国が参加しています。武見参院議員は「こうした新しいガバナンスの枠組みのなかにマラリアワクチンを組み込めば、マラリアワクチンの開発強化や技術者などリソースの動員が可能になると思う」と語りました。

國井修・グローバルファンド戦略・投資・効果局長は、かつてユニセフ(国連児童基金)のソマリア支援センターで、保健・栄養・水衛生部長として働いた経験をもとに保健サービスの必要性を強調しました。「新型コロナに有効なワクチンが開発されたが、ワクチンは万能薬ではない。ソマリアで麻疹などの予防接種を推進していたが、それでも毎年、子どもが命を落としていたワクチンだけでなく、保健サービスの提供も必要だ。ソマリアでは気候変動の影響で洪水、干ばつ、極度の気温上昇が起き、マラリアやコレラなどの流行にもつながった。こうした問題は多くの国で見られている。現場で何が起きているかを把握し、グローバルレベルでの団結・連携が必要だ」と述べました。

原圭一・外務省国際協力局参事官も保健システムの必要性に言及しました。「現場で基礎的なサービスが提供できる強靭かつ持続可能な保健システムがなければ、立派なワクチンや機材が出回っていても必要としている人に届かない。コミュニティで基礎的保健システムをしっかりと構築することが今回のコロナ対策でも非常に役に立つことが見て取れた。マラリア対策でも同様に必要だと思う」と述べました。

また、原参事官は「日本はかつてゼロマラリアを実現した経験から、住民の積極的な参加がキーポイントだと把握している」として、二国間支援の分野で事業対象国の主体性を尊重しつつ、日本の経験、強味を踏まえた技術協力を展開したいと述べました。

ハイン・マレー(Hein Mallee)・人間文化研究機構総合地球環境学研究所教授は「コロナで医療のリソース不足やサプライ中断がまだ続いている。さらに気候変動でより広範な混乱がもたらされるようになっている。環境の問題が大きくなる前に、マラリアの制圧はできるだけ迅速に行う必要がある」と述べました。

(了)