「世界マラリア報告書2022」公開 COVID-19の影響が続く 2021年のマラリア患者数と死亡者数は横ばい

世界保健機関(WHO)は12月8日、2021年の世界のマラリア感染状況をまとめた「世界マラリア報告書2022」を公表しました。

公表された「世界マラリア報告書」によると、パンデミック初年度の62万5000人に対して、2021年のマラリアによる死亡者数は世界全体で61万9000人と推定されています。パンデミック発生前の2019年の死亡者数は56万8000人でした。

マラリアの患者数は2020年から2021年にかけて増加しましたが、増加の割合は、2019年から2020年にかけての増加率よりも緩やかなものとなりました。世界のマラリア患者数の集計は、2020年の2億4500万人と2019年の2億3200万人に比べて、2021年には2億4700万人に達しています。

WHO事務局長のテドロス・アダノム博士は、「COVID-19パンデミック初年度にマラリア患者数と死亡者数が著しく増加した後、マラリアが流行する国々は努力を重ね、COVID-19によるマラリア対策の中断という最悪の影響を緩和できた」と述べています。

私たちは多くの課題に直面していますが、希望が持てる理由も多くあります。対応の強化、リスクの理解と軽減、回復力のある強靭な保健システムの構築、研究の加速によって、マラリアのない未来を夢見る理由は十分にあります。

国レベルの強いコミットメントが成功の鍵

殺虫剤処理された蚊帳(ITN)は、ほとんどのマラリアが流行する国で使用されており、マラリアを媒介する蚊防除に最初に使われる対策ツールです。2020年には、各国が過去に例がない多くのITNを配布しています。2021年、ITNは全体的に多数配布され、パンデミック発生前のレベルと同等、配布予定の1億7100万張のうち、1億2800万張(75%)が配布されました。

しかしながら、8カ国(ベナン、エリトリア、インドネシア、ナイジェリア、ソロモン諸島、タイ、ウガンダ、バヌアツ)ではITNの配布が予定の60%未満となり、そして、7カ国(ボツワナ、中央アフリカ共和国、チャド、ハイチ、インド、パキスタン、シエラレオネ)では全く配布されませんでした。

抗マラリア薬を予防内服する季節的マラリアの化学的予防法(SMC)は、アフリカで季節的マラリアの罹患率が高い地域に住む子どもたちをマラリアから守るための方法として推奨されています。2021年には、アフリカ15カ国でSMCを一回内服した子どもは、約4500万人に上りました。これは2019年の2210万人、2020年の3340万人から大きな前進となりました。

また、マラリア流行国の多くが、パンデミック期間中にもかかわらず、マラリアの検査と治療が出来る体制を維持しました。サプライチェーンや物流の課題がある中、2020年に記録的な数の迅速診断テスト(RDT)キットを医療施設に配付しました。2021年には、各国は2億2300万個のRDTキットを配布しましたが、これはパンデミック前に報告された水準と同程度です。

アルテミシニンを基軸とする併用療法(ACTs)は、熱帯熱マラリア感染に対する最善の治療法です。マラリアの流行国では、2019年に2億3900万のACTが使用されたのに対し、2021年には全世界で推定2億4200万のACTが使用されています。

努力を台無しにする脅威の集中

一定の成果があるにもかかわらず、2021年の世界全体のマラリア感染者数の約95%、死亡者数の約96%を占めるアフリカ地域では、多くの課題に直面しています。

パンデミック時の混乱と度重なる人道的危機、医療システムの課題、限られた資金、生物学的脅威の高まり、主要な疾病対策ツールの有効性の低下が、世界的なマラリア対策を脅かしています。

WHOアフリカ地域事務局長のマシディソ・モエティ博士は、「進展が見られるとはいえ、アフリカ地域は依然としてこのマラリアという致死に至る病気から最大級の打撃を受けている」と述べ、「マラリアを排除するためには、新たな対策とそのための資金が緊急に必要だ」と指摘しています。

2021年のマラリアに対する資金総額は35億米ドルで、過去2年間よりも増加しましたが、ゼロマラリアに向けた対策を軌道に戻すために世界で必要とされる73億米ドルを大きく下回っています。

同時に、マラリア対策ツールとして最重要とされるITNの効果が低下していることが、ゼロマラリアの達成を     妨げています。この重要な予防手段に対する脅威としては、殺虫剤耐性、不十分な医療へのアクセス、日常的な使用による劣化で交換が追いつかないことによるITNの損失、マラリアを媒介する蚊の行動変容(人々が就寝前よりも早い時間に刺し、殺虫剤にさらされないように屋外で休息するようになったと思われる)などがあります。

また、マラリア原虫の突然変異による迅速診断テストの性能への影響、マラリア治療に使用される薬剤に対するマラリア原虫の耐性向上、現在使用されている多くの殺虫剤に耐性を持つ都市に適応した蚊のアフリカへの侵入など、その他のリスクも高まっています。

ゼロマラリアを加速させるために

WHOは最近、アフリカ各国がより強靭なマラリア対策を構築するのを支援するため、抗マラリア薬耐性を抑制する戦略と、マラリアを媒介する蚊、ハマダラカの蔓延を阻止するイニシアチブの2つの戦略を発表しました。さらに、WHOと国連人間居住計画が共同で開発した「都市部におけるマラリア対策のための新しいグローバルフレームワーク」は、市の指導者やマラリア関係者に指針として提供するものです。

一方、着実な研究開発は、世界目標に向けた進捗を加速する次世代のマラリア対策ツールをもたらすと考えられています。

新しい殺虫剤を組み合わせた長期残効型の蚊帳や、蚊を引き寄せ駆除する標的型ベイト剤、空間忌避剤、蚊の遺伝子操作などベクターコントロールにおけるイノベーションが期待されていす。また、新しい診断テストや、抗マラリア薬耐性に対応する次世代の救命薬も開発中です。

2023年の後半以降、マラリアに罹り亡くなるリスクが最も高い地域に住む数百万人もの子どもたちは、世界初のマラリアワクチンであるRTS,Sの救命効果の恩恵を受けられることになっています。また、他のマラリアワクチンも開発中です。

同報告書によると、誰一人取り残さないようにするための取り組みを強化することなしには、これらの機会を十分に生かすことはできません。マラリアが流行している国は、プライマリーヘルスケアのアプローチを通して、必要とするすべての人が質の高いサービスと医療ツールにアクセスできることを確保するなど、保健システムの強化を継続する必要があります。


編集後記

WHOのマラリアに関する活動は、2015年5月の世界保健総会で承認され、2016年から2020年の間に世界のマラリア対策で得られた教訓を反映して2021年に更新された「マラリアに関する世界技術戦略2016-2030(GTS)」に基づいて行われています。

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