[開催報告]TICAD9公式テーマ別イベント「アフリカのマラリア危機に挑む:日本の技術と革新が導く解決策」
マラリア・ノーモア・ジャパン(MNMJ)は8月20日、第9回アフリカ開発会議(TICAD9)の公式テーマ別イベント「アフリカのマラリア危機に挑む」をパシフィコ横浜で開催しました。マラリア撲滅に向けて日本の技術や人材がどのように貢献できるかについて、官民を含む海外からのゲストを交えて議論。感染症対策を単なる「支援」ではなく「共創」として捉えた、新たなパートナーシップのあり方を模索しました。
官民の垣根を超えた連携を
8月20〜22日に開かれた、アフリカの発展に向けて協議するTICAD9。国内最大級の複合MICE施設である「パシフィコ横浜」や周辺施設で200以上のセミナーやシンポジウム、300のブースやパネル展示が行われる中、MNMJは初日となる20日、同会議場展示ホールDでイベントを開催しました。
MNMJの神余隆博理事長は開会のあいさつで、「アフリカのマラリア撲滅には、官民・国の垣根を超える連携が不可欠。一人一人の行動が変化を生み出す、その第一歩として、本日の対話が新たな協力関係の起点となることを願っている」と期待を込めます。

神余隆博Malaria No More Japan理事長
日本の技術、マラリア対策のゲームチェンジャーに
続いて、ケニア保健省政務次官のメアリー・ムトニ・ムリウキ氏と、カメルーン国民議会議員のピーター・アンバン・ンジュメ氏、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)渉外・広報局副局長のダイアン・スチュワート氏の3名が基調講演を行いました。

メアリー・ムトニ・ムリウキ閣下(ケニア共和国保健省 公衆衛生・専門職規範局政務次官)
ムリウキ氏は「アフリカでゼロマラリアを実現するには、大胆かつ実践的で十分な資源を伴う行動が必要で、その基盤はイノベーションとパートナーシップ、現地での実行力にある」と強調。日本の高い技術と継続的支援が変革を後押しするとして、「日本のイノベーションを保健システムに取り入れ、データ活用や組織強化、地域参画を進めてマラリア撲滅を加速する」と決意を示しました。

ピーター・アンバン・ンジュメ閣下(カメルーン共和国国民議会議員、COPEMA共同議長)
カメルーンのンジュメ議員は、2023年に発足した「アフリカにおけるマラリア根絶のための議員連合(COPEMA)」の共同議長です。COPEMAはアフリカ各国の議員が連携し、予算提言や法整備を通じてマラリア撲滅を目指す組織で、議会主導の保健政策改革を促進しています。
同議員は「TICAD9はアフリカと日本の協力を深める絶好の機会。日本の技術と民間投資が政治的意思と結びつけば、マラリア撲滅は現実に近づく」と述べ、資金調達や技術移転、多部門連携の重要性を強調。「マラリア撲滅は私たち世代の使命。すべての人々と力を合わせ、健康で繁栄するアフリカを目指したい」と訴えました。

ダイアン・スチュワート氏(世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)渉外・広報局副局長)
エイズ・結核・マラリアの3大感染症対策を担う官民連携基金「グローバルファンド」で外部連携・資金調達部門を統括するスチュワート氏は、マラリアの撲滅には、新しいツールの迅速かつ大規模な展開が欠かせないと主張しました。
グローバルファンドは年間約20億ドルを投入し、診断薬や医薬品を100カ国以上に入手可能な価格で提供しています。日本からは約12億ドルの製品を調達し、マラリア対策では住友化学、栄研化学、アークレイから長期残効型蚊帳(LLIN)や殺虫剤の屋内残留噴霧(IRS)、迅速診断キット(RDT)を導入。「マラリア撲滅にはリーダーシップ、イノベーション、戦略的資金の連携が不可欠。日本企業と協力して多くの命を救い、社会の変革を目指す」と語りました。
日本主導で2002年に設立されたグローバルファンドは、世界のマラリア対策資金の約65%を占め、過去20年でアフリカに総額190億ドルを拠出。日本の拠出額は52億ドルで世界第5位です。支援の結果、対象国の人口は42%増加。マラリアによる死亡者は29%減少したものの、依然として年間2億5千万人がマラリアに感染し、その9割以上がアフリカで報告されています。

写真左:イボンヌ・チャカチャカ氏。南アフリカの歌手であるチャカチャカ氏は、世界エイズ・結核・マラリア対策基金チャンピオンであり、アフリカ国連MDG特別大使とロールバック・マラリア・パートナーシップ親善大使を務める。
早期診断を可能にする遺伝子検査「TB-LAMP」
続いて、日本の3社がマラリア対策の最前線での取り組みを発表。診断、予防、検査の各分野で、自社の技術を現場でどのように活用しているのか、事例を交えて紹介しました。

納富継宣氏(栄研化学株式会社代表執行役会長)
遺伝子増幅技術「LAMP法」を用いて血液からマラリア原虫の遺伝子を検出する試薬を開発した栄研化学株式会社は今回、同技術を活用した結核菌群の検出検査法「TB-LAMP」のナイジェリアでの導入事例を取り上げます。同社代表執行役会長の納富継宣氏は「結核もマラリア同様、早期で正確な診断が重要。現地への導入事例を紹介し、ほかの感染症への応用可能性を示したい」と、その狙いを語りました。

オドゥメ・ベスランド・ブライアン博士(KNCVナイジェリア事務局長)
同国全土で結核対策を支援する国際組織「KNCVナイジェリア」の事務局長で、TB-LAMPの導入を主導したオドゥメ・ベスランド・ブライアン博士は、同検査の利点を「太陽光で稼働し、電力が不安定な農村でも使用可能。1回に70件以上の検体を検査でき、操作やメンテナンスも容易なこと」だと説明。2021年に5台を導入し、3年後にはグローバルファンドなどの支援で全州に100台を展開。検査スタッフの研修や医療者への周知活動に加え、地方での三輪車移動型クリニックによる効率的な診断体制の整備も進めたといいます。
同博士によると、電力を必要とする既存の分子検査法を補完する形でTB-LAMPを使用した結果、導入当初に34%だった評価ギャップは2025年8月までにほぼ解消。TB-LAMを用いた同期間での総検査数は約85万件、結核の検出症例は約6万7千件に上りました。
ドローンとAIで幼虫発生源を特定「SORA Malaria Control」

梅田昌季氏(SORA Technology株式会社取締役、副CEO)
ドローンを活用したマラリア対策に取り組むベンチャー企業、SORA Technology株式会社取締役の梅田昌季氏は、同社のサービス「SORA Malaria Control」を説明します。2025年にMNMJによってゼロマラリア奨励賞を受賞した同社が開発した固定翼型ドローンは、収集したデータを独自のAIで解析し、マラリア媒介蚊の幼虫(ボウフラ)が発生しやすい水たまりを検出。ドローンは1回の充電で100キロ以上飛行でき、「特定の場所に集中的に殺虫剤を散布して対策の費用対効果を高め、マラリア撲滅に貢献できる」と指摘します。
同社はまた、気候変動の影響で集中豪雨や洪水が頻発し、排水設備の不十分な地域で水たまりを介した感染症が拡大している現状を踏まえ、腸チフスやコレラなどの水系感染症の発生リスクや被害規模を予測するプラットフォーム「SORA Health Intelligence Room」を開発。ケニア・ナイロビでの実証実験から始め、ガーナやモザンビークでも蚊が媒介する感染症への応用を進めています。
このほか、現地の大学や研究機関と覚書(MOU)を結び、公衆衛生や工学を学ぶ学生や卒業生をインターンとして受け入れ、ドローンの運用やメンテナンスを担う次世代のリーダーとして育成しています。

イベントに参加いただいたあべ俊子・文部科学相
1分でマラリア判定する革新的装置「XN-31」

蛭田嘉英氏(シスメックス株式会社国際協力事業・渉外統括)
最後に登壇した検査機器・試薬メーカーのシスメックス株式会社国際協力事業・渉外統括の蛭田嘉英氏は、ビデオ映像を交えながら全自動血液分析装置「XN-31」を紹介。マラリア原虫に感染した赤血球の数を1分で数え、早期診断を可能にする同装置は、2024年の「ゼロマラリア賞」を受賞しています。
味の素ファンデーションやNEC、世界食糧計画(WFP)ガーナ事務所と協働して2022年に実施した「ガーナの母子の健康と栄養改善を目指す異業種共創プロジェクト」では、マラリアと貧血を同時に検出できる「XN-31」を活用し、中部アシャンティ州エジス地区の3つの医療機関でマラリアと貧血のタイプ別有病率を可視化しました。得られた検査結果はデジタル化され、エビデンスに基づく政策決定にも活用されたといいます。
アフリカではすでに200台を超えるXN-31が導入され、同社は臨床検査技師や医師に専門的なトレーニングを実施し、地域の人材育成も支援しています。
技術・人材・投資で「日アフリカ連携」

パネルディスカッションでモデレーターをつとめたマイケル・アデクンレ・チャールズ博士(RBM Partnership to End Malaria、CEO)
「マラリアゼロへの共創:技術、人材、投資で築く日アフリカ連携」と題したパネルディスカッションでは、マラリアの撲滅を目指す国際的な協調プラットフォーム「RBMパートナーシップ」CEOのマイケル・アデクンレ・チャールズ博士がモデレーターを務め、アフリカの議員や日本企業の関係者7名が、双方の連携強化に向けた意見交換を行いました。
登壇者は、ケニア国民議会議員で保健委員会議長のジェームズ・ワムブラー・ニカル氏、カメルーン国民議会議員でCOPEMA共同議長のピーター・アンバン・ンジュメ氏、ケニア保健省キスム郡保健局マラリア対策プログラム・コーディネーターのリリアナ・ダヨ氏、シスメックスWCA株式会社マネージング・ディレクターのエリック・オセイ氏、ケニアのアガ・カーン病院からサイモン・オンソンゴ博士、SORA Technology株式会社取締役の梅田昌季氏、栄研化学株式会社専務執行役で研究開発統括部長の森安義氏です。
日本のイノベーションを、現場で実装する
最初の議題は「イノベーションから実装への移行」。シスメックスWCAのオセイ氏は、先ほど紹介したガーナでの共創プロジェクトに触れ、「アフリカでの大きな課題は、いかに迅速かつ確実にマラリアを診断するか。同プロジェクトでは、特に妊婦や子どもなどマラリアや貧血の影響を受けやすい層に大きな効果をもたらし、ガーナ・エジス地区の医療サービスを変革した」と強調しました。

写真左:エリック・オセイ氏(シスメックスWCA株式会社マネージング・ディレクター) 写真右:サイモン・オンソンゴ博士(アガ・カーン病院)
臨床病理医のオンソンゴ博士が所属するアガ・カーン病院は、シスメックスのマラリア診断装置「XN-31」の評価を行った施設の一つ。同博士は「診断時間が従来の15〜30分から1分に短縮され、検査者は他の業務に時間を割けるようになった。また機械化により、高精度の検査が安定的にできるようになった」と、その変化を語りました。
SORA Technologyの梅田氏は、研究機関や政府との連携の重要性を指摘します。同社は国際協力機構(JICA)のプログラムとして2024年4月から、ドローンとAIを活用した蚊の発生源管理(LSM)の事業化に向けた実証実験をガーナで実施。その実効性を検証するため、蚊の研究で知られる野口記念医学研究所を含む昆虫学や疫学の専門家と連携していると明かしました。

森安義氏(栄研化学株式会社専務執行役、研究開発統括部長)
栄研化学の森氏は、同社が開発したLAMP法が結核のみならず、マラリアの早期発見に有効である点を改めて強調。同氏によると、同法は指先から採取したわずかな血液でマラリア原虫を高感度に検出できるのが特徴で、無症候性の患者も発見できます。アフリカではセネガルで実装が進んでいるといいます。

ジェームズ・ワムブラー・ニカル閣下(ケニア共和国国民議会議員、保健委員会議長、医学博士)
現場からの発言を受け、ケニアのニカル議員が国の視点から答えます。同議員は「マラリア対策には、殺虫剤処理された蚊帳(ITNs)や殺虫剤の屋内残留噴霧(IRS)、幼虫駆除剤などの既存技術を統合的かつ大規模に導入することが重要」として、政策の実施に必要な法律整備や資金調達における議会の役割を強調。「政策やガバナンス(企業統治)、資金調達、官民連携を包括的に組み合わせてこそ成果が出る」と指摘しました。

リリアナ・ダヨ氏(ケニア共和国保健省キスム郡保健局マラリア対策プログラム・コーディネーター)
ケニア保健省キスム郡保健局のダヨ氏は、住民の6人に一人がマラリアに苦しむ同郡で実施した対策の成果を示します。妊婦には抗マラリア薬を提供、2歳未満の幼児にはマラリアワクチンを接種。9割以上の住民に蚊帳(ITNs)を配布し、迅速診断キット(RDT)は地域のヘルスプロモーターが家庭で検査できる体制を構築しました。ドローンを用いた幼虫駆除も功を奏し、マラリア罹患率は千人あたり800件以上から約300件に減少。政府主導のデジタル化も進み、医療施設での健康データの収集・活用が可能となりました。
マルチセクター連携で、持続可能な資金調達を
ここでチャールズ博士はセッションのテーマを「資金」に移します。「イノベーションの実装には議会での予算承認が欠かせず、国会議員や立法者の役割が極めて重要だ」と述べ、参加者に意見を求めます。
カメルーンのンジュメ議員は、資金確保において議会が重要な役割を果たすことに同意し、マラリア対策には保健省のみならず、環境省や農業省など多分野の連携が必要だと指摘。同国では首相主導で省庁を横断した技術委員会を設置し、各省から予算を出し合うことで、国内資源の動員拡大を目指しています。同議員は「各省が予算の1%でも拠出すれば、目標とする15%の財源確保が可能だ」と話しました。
SORA Technologyの梅田氏は「成果(インパクト)ベースの契約」について説明しました。マラリア患者数の減少など具体的な成果を契約に盛り込み、達成度に応じて資金が支払われる仕組みです。2022年にシエラレオネで本格的に事業を始めた同社は、実績の少ない若いスタートアップでも行政がサービスを採用できるよう、この仕組みを導入しました。同氏は「マラリアの被害が深刻なサトウキビ農園や鉱山地域で、大企業のCSR活動と結びつけた展開を進めている」と述べました。
セッションの締めくくりでは、登壇者がそれぞれマラリアのない世界の実現に向けて決意を新たにし、官民の連携を誓い合います。

ドリュー・マクラッケン氏(Malaria No More最高執行責任者(COO))
閉会の言葉としてマラリア・ノーモアCOOのドリュー・マクラッケン氏は、TICAD 9の枠組みでイベントを開催できたことへの感謝を述べ、「私たちは今、マラリア撲滅に向けた投資を加速させるか、成果を後退させるかの分岐点にいる。だが、投資のリターンは明らかだ」と強調。「適切なツールや資金、政治的意思があれば、私たちの世代でマラリアを終息できる」として、官民や国の枠を超えてゼロ・マラリアを実現する決意を示しました。
TICAD9公式テーマ別イベント
「アフリカのマラリア危機に挑む:日本の技術と革新が導く解決策」
■ 開催日:2025年8月20日(水)12:40~14:10
■ 会場:パシフィコ横浜 展示ホールD S-08(リアル開催/同時通訳あり)
■ 主催:Malaria No More Japan
■ 共催:Malaria No More (US)、アフリカ指導者マラリア連盟(ALMA)、グローバルファンド、RBM Partnership to End Malaria
■ 当日プログラム
12:40 開会挨拶 神余隆博(Malaria No More Japan理事長)
12:42 基調講演
・「ケニアの政治的意思と現場からの課題」
メアリー・ムトニ・ムリウキ閣下(ケニア共和国保健省 公衆衛生・専門職規範局政務次官)
・「アフリカの政治的意思と現場からの課題」
ピーター・アンバン・ンジュメ閣下(カメルーン共和国国民議会議員、COPEMA共同議長)
・「国際支援と企業の可能性」
ダイアン・スチュワート(世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)渉外・広報局副局長)
13:01 日本企業による事例紹介
登壇者:
・納富継宣(栄研化学株式会社代表執行役会長)/オドゥメ・ベスランド・ブライアン博士(KNCVナイジェリア事務局長)
・梅田昌季(SORA Technology株式会社取締役、副CEO)
・蛭田嘉英(シスメックス株式会社国際協力事業・渉外統括)
13:15 パネルディスカッション「マラリアゼロへの共創:技術、人材、投資で築く日アフリカ連携」
モデレーター:マイケル・アデクンレ・チャールズ博士(RBM Partnership to End Malaria、CEO)
登壇者:
・ジェームズ・ワムブラー・ニカル閣下(ケニア共和国国民議会議員、保健委員会議長、医学博士)
・ピーター・アンバン・ンジュメ閣下(カメルーン共和国国民議会議員、COPEMA共同議長)
・リリアナ・ダヨ(ケニア共和国保健省キスム郡保健局マラリア対策プログラム・コーディネーター)
・エリック・オセイ(シスメックスWCA株式会社マネージング・ディレクター)
・サイモン・オンソンゴ博士(アガ・カーン病院)
・梅田昌季(SORA Technology株式会社取締役、副CEO)
・森安義(栄研化学株式会社専務執行役、研究開発統括部長)
14:05 閉会挨拶 ドリュー・マクラッケン(Malaria No More最高執行責任者(COO))